IKEUCHI ORGANIC
タオル業界の風雲児が届けるていねいなものづくり
愛媛県の今治。穏やかな瀬戸内海に面した、人口18万人の港町。タオルの一大産地として120年の歴史を有し、日本で生産されるタオルのうち6割がこの地で作られている。90年代より斜陽と言われて久しい日本のタオル業界。安価な輸入タオルにシェアを奪われ、いまや日本で流通するタオルの8割は輸入品だ。今治もその煽りを受け、繊維関連業者は最盛期の5分の1ほどに減ってしまった…。
そんな今治において、独自のブランディングによって若い世代を中心に人気を集め、成長を続けているのが「IKEUCHI ORGANIC」(以下イケウチ)。通常はOEMが主のタオル業界において、“無農薬のオーガニックコットン100%と風力発電で作ったタオル” というブランディングを打ち出し、自社サイトでの通信販売や店舗販売で売上を伸ばす風雲児だ。
その秘密を探るべく訪ねたイケウチの工場は、今治ののんびりとした環境にあった。木造の、歴史を感じる建物のなかに、名機と呼ばれるTOYOTAの織機や糸を巻きつける整経機などが並び、大きな音を立てながら、規則的な動きを続けている。
地方から発信し、全国から海外にまでその名を轟かせるイケウチ。
イケウチが型破りなのは、コンセプトだけではない。オリジナル商品の企画から始まり、デザイン、プロトタイピング、そして糸を紡ぐところから織り機での制作、そして自社サイトでの通信販売まで。染色、縫製以外の全ての工程を社内で完結させている会社はほぼ類を見ない。「コンセプトが行き届いた商品を作り、責任を持って顧客に届ける」それがイケウチのスタイルだ。
そのバックヤードを支えるひとに、会いに行った。
イケウチのバックヤードのひと
朝8時、始業する工場を訪ねた。イケウチのバックヤードを統括するのは、WEBチームの中山洋香さん。柔らかい雰囲気の女性だが、判断や指示の速さ、的確さには社内でも定評がある。自社サイトの通販から楽天の店舗などの受注作業、電話注文の対応からピッキング、梱包、出荷までを取り仕切るバックヤードの主だ。入社後、イケウチの製品約20種類・200アイテムをスムーズに出荷するためのバックヤードのシステムを確立した。現在は三人のスタッフとともに日々業務を行っている。
中山さんの一日(AM)
- 8:00
- 出社
- 8:10
- 注文を紙に出力してチェック。
- 8:30
- メールで来た問い合わせに答える
- 9:00
- パートのスタッフに受注票を渡し、注文された製品を作る指示を出す
- 10:00
- 今日出荷するものの納品書を作る
- 11:00
- 送り状を作成する
ネット経由の注文数は、月曜がもっとも多く、週末になるほどゆるやかになる。金曜にメルマガを発行していることも影響しているのか、注文が集中するのは決まって土日だという。
「日次の作業は、在庫をチェックして、注文された組み合わせで指示書を作り、商品を倉庫からピックアップして梱包作業をします。平日にもまんべんなく売れるようにするのが目標ですね」
ベテランとしてバックヤードを仕切る中山さんはお客様からの信頼も篤く、「中山さんにお願いしたい」 と名指しで電話をかけてくるお得意様もいるのだとか。
「受注時に備考として書かれている問い合わせや要望には私が答えています。本来は別売りのメニューになっている刺繍やギフトボックスに対応してほしい、という要望が書かれていることもあるんですよ。そういう場合には無料の袋を案内するなど、柔軟に対応できるようにしています。そうした注文時の備考コメントの色が管理画面で変わったらいいな、といつも思っているんですが(笑)」
イケウチのバックヤードにおける課題は、「ギフトとして完成度の高いラッピング」 を作り上げること。日本におけるタオルはギフトのために購入されるのが一般的。タオルの需要のうち7、8割はギフトとして使われる。アメリカやヨーロッパでは自分のバスルームのために自分で買うものなのとは逆だ。社長の池内計司氏も「ギフトで重要なのは箱に詰められた状態でどれだけきれいに見えるか。箱に入れた状態でどれだけきれいに見えるか」 と著書 で述べている。
「梱包作業で一番悩むのがラッピングです。お客様にはネット上で自由にタオルを選択していただいてギフトにするのですが、タオルの大きさや種類がバラバラなので、箱に合わせて折り方を変えるなどの工夫が必要。流れ作業ではできません」
単に箱の中にタオルを収めるだけではお客様に喜んでいただけるギフトを作ることができないのだ。手作業だからこそ、そこに真心を込めることができる。
「梱包作業の担当者がそれぞれ知恵を絞って臨機応変に対応しています。お客様からは、『中身を確認してから相手に渡したいので、テープは貼らないでほしい』という要望があることもあります。お客様が大切な人にあげるものですから、こちらも気を使います」
ネットショップの受注をすべて把握し、さらに購入者からの声にも答えている中山さんは、ユーザーの気持ちを最も良く知る人。中山さんが自ら商品を選定したギフトセットもネットショップで売り出されている。
「ギフトを考えて提案をするのは楽しいこと。自分が作ったものが売れるときには一番やりがいを感じます。イケウチはシンプルなアイテムしか出さないので、どうやって組み合わせて個性を出すのかが腕の見せどころ。こういうものなら喜ばれる、という判断には、受注対応しているうちにたまったノウハウが活かされていると思います」
バックヤードとして顧客を知りつくす中山さんだからこそ、お客様に喜ばれるギフトセットを作る事ができるのだろう。
中山さんはなくてはならない人。パートさんとも円滑なコミュニケーションを取って、的確な指示を出しています。中山さんがすごいのは、プレイヤーとして、すべてのことが一通り出来ること。梱包も、お客さんとやりとりも、一斉メールや送り状の作成から受注まで、一人で全部こなすことができる。さらにニットの糸始末まで!つまり安心して“任せられる”人なんです。また、“新商品のページを作ってほしい”と言ってくれたり、新しい提案もしてくれます。
繁忙期は年末
イケウチのバックヤードが、最も忙しいのは年末。お得な商品を詰め合わせた「福袋」が口コミで広まり、注文が殺到したことがきっかけだった。
「買って下さった方がブログなどで『すごかった!』と書いて頂いたのがきっかけで、口コミで噂が広がったようで、たくさんの注文を頂いたんです。オペレーションで課題だったのは、福袋のアイテムがまったく画一ではなく、ランダムなものも入ること。いつもよりもさらに指示が複雑になってしまうので、スタッフにはかなり負荷がかかりました。それでも対応してくれるのがすごいところです」
福袋に限らず、イケウチの評価は、ネットの口コミで高まってきた。消費者の心をつかむ高品質なものづくりを真摯に続けてきた結果だ。
「入社当時にもネットショップはありましたが、注文は少なかった。そこで「おためしセット」という低価格のセットを作って販売したところ、使って下さった方がネットでオススメして下さった。それが口コミで広まって、ネットショップの需要もすごく増えてきたんです」
食品と同じレベルのISO
工場の建物は1953年に創業した前身の「池内タオル」の施設を改造したもの。乾燥すると糸が切れてしまうので、工場内では霧が噴射され、湿度と温度が一定に保たれている。全盛期には一日2万枚のハンカチを製造するために倍近くの織機があったという。イケウチでは食品と同じレベルのISOを取得しているので、工場に入るには髪カバーと靴カバーの着用が義務付けられている。
順風満帆のように見えるイケウチだが、ここまでに至る道は平坦なものではなかった。もともと「池内タオル」として創業し、OEM製造の受注を行っていた同社。だが2003年、取引先の倒産の煽りを受けて連鎖倒産。だが根強いファンが多く、「がんばれ池内タオル」というファンサイトが立ち上がるほどだった。そして再建にあたり、それまで会社の売り上げの1%に過ぎなかった自社ブランドを主軸に据え、民事再生法で復活することを決意するーー。
OEM製造が主流のタオル業界で自社ブランドを確立するのは容易ではないこと。ナガオカケンメイ氏 デザイナー。「ロングライフデザイン」をテーマに活動する「D&DEPARTMENT PROJECT」を主宰する。IKEUCHI ORGANICではブランディングを担当。 をアートディレクターに迎え、「IKEUCHI ORGANIC」と改名。環境配慮を打ち出したクオリティ重視のブランドとして愛媛から世界に向けて発信を始めた。そうしたユニークな取り組みと、オーガニックにこだわる姿勢は、「今治」というブランドに寄りかからない挟持があったのだ。
WEBで魅力を伝える“親切設計“
神尾武司さん
続いてご登場いただくバックヤードのひとは、WEB担当の神尾武司さん。2014年に入社し、イケウチの商品がより多くの人に届くように、自社通販サイトに徹底的なテコ入れを行った人だ。商品ページに詳細な情報を加えたり、購入者のコメントを付ける“親切設計”を心がけた。
「サイトの中でも、よく見られているのがこのタオルのチャート です。お客様に一番響いたのは『ホテルで提供されるタオル』というキャッチコピー。これは購買に繋がりました。厚い、薄い、だけだと伝わらないところが、具体的なイメージを使うことで通じる。ネットショップだと製品に触れられないので、そうした伝える工夫がすごく大事になります」
神尾さんはさらに、東京オフィスの牟田口さん(マーケティング担当)と一緒にスタッフたちにもスポットを当てる取り組みを行う。自社サイトに「イケウチのヒト」というコーナーを作り、自ら工場で働く職人たちのインタビュー記事を執筆。カメラマンにポートレート写真を依頼し、IKEUCHI ORGANICに携わる人の思いをお客様にアツく伝えるメディア展開をした。また社内にも、スポーツ新聞風に社員の活躍を紹介する記事が掲示される。こうした血の通った取り組みは、社員のモチベーション向上にも繋がり、さらに良い製品づくりに結びつくに違いない。
スポーツ新聞風に社員の活躍を紹介する記事
製品の企画からデザイン、受注から発送、さらに直営店も経営、自社サイトというデジタル面もプロデュースする、イケウチの領域横断的なビジネス。それが可能になるのは、風通しの良い社内の雰囲気があるから。
「こだわりのある職人も多い社内ですが、組織としてすごくフラットで、発言しやすい環境です。店舗とウェブを繋げられないかと相談すれば考えてくれるし、直営店でのイベントなどを通して、職人がユーザーの反応を直接知ることができる。かつてOEM製造だけをしていたときの”売り逃げ”よりも、定番の商品を継続して売っていくことで、消費者の満足感も上がると思います」
いまの神尾さんの願いは、もっとたくさんの人にイケウチのことを知ってもらいたいということ。現在は社内でマーケティングの体制が出来、新たな戦略を立てているという。
良いタオルが欲しいと思っているすべての人に、イケウチの真摯なものづくりを届けたい、、、。そんな思いでイケウチのバックヤードのひとたちは前に進み続けている。