とにかく1度食べてみて!熊本の山と大地に育まれた
作る人も食べる人も元気にするお米
熊本県北部に位置する山鹿市。阿蘇外輪山一帯の奥地から湧き出した水が市内を東西に横切る菊池川にそそぎ込み、辺りの水田を満たす。菊池川流域で米作り
2017年4月、菊池川流域(山鹿市、玉名市、菊池市、和泉町)の米作りにまつわるストーリーが文化庁による「日本遺産」に認定された。
が始まったのは、今からおよそ二千年前といわれている。はるか昔に始まった米作りが、豊作を祈るさまざまな祭りや風習、灌漑技術、美しい田園風景、豊かな食文化などを生み出し、この地域に恵みをもたらしてきた。
今回訪れた米屋「農産ベストパートナー」は、菊池川の北部に広がる田んぼと山すその合間にあった。代表の渕上勝瑠(すぐる)さんは、生まれも育ちもこの辺り。どこまでも広がる田園風景は、子供の頃から少しも変わっていないという。
渕上さんが今の仕事に携わるようになったのは2008年のこと。父が創業した会社の経営に加わり、それまで行っていた穀物の加工業に加え、お米の卸販売を始めた。最初は県内の優良な産地にある米農家を1件1件訪ね、仕入先を探すところからスタートし、今では九州各地から農薬の使用を最小限に抑えた、良質なお米を仕入れている。
ショッピングサイト「楽天市場」に「お米の達人 米蔵人」、通称「こめたつ」を開いたのは2013年。当初から「新鮮な熊本のお米を食べてほしい」という一心で、受注から精米、梱包、出荷までといった一連の作業を半日〜1日半の間に行ってきた。今では楽天市場の白米ランキングの上位にランクインする人気店だ。
同社では、新米が入荷する度に試食会
を行っている。その日も、スタッフの皆さんが手に手におにぎりを持ち、感想を言い合っていた。おにぎりを一口分けていただくと、たしかにおいしい!ほど良い粘りと甘みがあり、いくらでも食べられてしまいそうだ。熊本のお米のことがもっと知りたくなり、バックヤードを支える人たちにお話を聞いた。
「おいしいお米を食べると、幸せになれます」
まずお話を伺ったのは、工場長の山部健輔さん。こめたつでは、お米本来の風味や甘み、栄養を生かせるように、胚芽を少し残して精米している。敷地内にある工場で、その精米作業を担っているのが山部さんだ。お米は品種や水分量によって精米の仕上がりが変わってくるため、毎回精米方法を変え、ベストなポイントに近づけていく。
「お米は精米した日から酸化が始まり、徐々に味が落ちていくので、出荷日の前日か当日に精米し、すぐに出荷しています。こういうことができるのがネット販売の強みですよね。レビューで“こんなにおいしいお米は食べたことがない”とか“熊本のお米も意外においしいじゃないか”などと書かれていたりすると、やっぱりうれしいです」
山部さんと渕上さんは、小学校以来の同級生。精米部門がスタートした時に渕上さんから声をかけられ、工場を任されることになった。最初の頃は誰も精米方法を知らず、手探りで精米方法を研究する日々が続いた。現在行っている精米方法は10年かけて体得した方法だ。
出社時間は朝の8時。パートさんたちが出勤してくる前に工場内の掃除と機械のメンテナンスを済ませ、8時半には作業を始められるようにする。受注チームからその日の出荷メニューを受け取ってからは、ひたすら精米。毎日、首尾よく連携をはからなければ、とてもこなせない量の注文が入る。そんな中、山部さんが大切にしているのがコミュニケーションだ。「いい雰囲気を作りたいので、みんなとざっくばらんな会話をするように心がけています。もちろん真面目な話もしますけれど、何気ない世間話を交えながら、笑い合いながら作業しています」と語る。
時には精米をする立場から、契約農家の方にお米の乾燥度合いなどの要望を伝えることもある。何しろ、毎日お米にさわり、厳密にお米をチェックしているのがこの方なのだ。山部さんは、ゆくゆくは仕入れにも携わり、よりおいしいお米を扱っていきたいと語る。そこまでお米に情熱的になれるのは何故なのだろう?少し不思議に思って尋ねると、こう答えてくれた。
「疲れて家族のもとに帰って、ご飯がおいしかったらうれしいですよね。おいしいお米を食べると、幸せになれます
」
山部さんが毎日頑張れるモチベーションの核には、シンプルな幸せがあった。
「70%で生きる」自然と付き合う農家のとびきり自由な生き方
熊本のお米はおいしい。そうと知れば、それが作られる現場が見たくなる。そこで、こめたつの人気商品のひとつ「ミルキークイーン」を育てる森本一仁さんを訪ねることにした。
山鹿市から東へ車を走らせること、約1時間。阿蘇外輪山を越えると急に地形が変わり、小高い丘の隆起が目立ち始める。どこか別の星へ来たようだ。ひたすら山を下り平地へ着くと、山々に囲まれた静かな水田地帯
が広がっていた。この辺り一帯は火山体の中心部にできた窪地、阿蘇カルデラ。東西18キロ、南北25キロという面積は、世界でも有数の広さだ。ここでは平らな地形を利用し、農業や畜産が行われている。火山灰でできた土壌と山からの湧き水、寒暖差のある気候がおいしい農産物を育くむのだという。標高が高いため、農薬の量を抑えられるというのも、驚くべき事実だ。
森本さんの家は、田んぼの真ん中にあった。現在は周囲の田んぼでコシヒカリやミルキークイーンなどを育てている。渕上さんとは、2011年からの付き合い。渕上さんが仕入先を探し、阿蘇を回っていた頃に出会った。信頼を築くまでにはそれなりに時間が必要だったが、今では折にふれ盃を酌み交わす仲でもある。
「本当はお米屋さんと生産者ってそんなに深く付き合う必要はないんですよ。僕が彼とお付き合いしているのは、渕上君という人が信頼できることと、納得のいく価格で取引してくれるから。渕上君が自分たちの利益だけではなく、生産者の生活のことも考えて価格を決めているということがわかった時に、この男は信頼できると思いました。彼のところでは、お米の価格を高くすることで儲けるのではなく、企業努力をして生産費を抑えることで利益を上げている。だから、作る人からも消費者からも信頼されるんじゃないかな」
もともとミルキークイーンは、熊本ではほとんど作付けのないお米だった。そこへ渕上さんから「阿蘇でミルキークイーンを作ってみませんか」と提案があり、栽培することになった。当初は県内で苗が手に入らず、森本さんのネットワークを生かして仙台から苗を仕入れ、やっと栽培に着手することができたという。深い信頼関係が無ければ、とてもできなかったことではないだろうか。最後に森本さんに、これまでに大変だったことを尋ねてみた。
「やっぱり、台風や地震の被害を受けた時は辛かったですよね。ただ農家は、自然と付き合っていかないといかん。自然から仕打ちを受けることもあるけれど、恩恵もたくさんある。そこは僕らの手の届かない領域だから、自然を恨む必要はないし“今年がダメだったら来年がある”と頑張っていくしかないと思うんです。農家の人には、その辺も楽しんでほしい。僕はいつも、70%ぐらいで生きていけばいいと思っているの 。100%の労力をかけて災害に遭ったらダメージが大きいけれど、70%ぐらいで生きていれば、想定内の話になる。だから70%仕事して、後の30%はゴルフをしたり、遊んだり。“今日は天気がいいけん、友達を誘ってゴルフにでも行こうか”とか、そういう余裕をもって仕事をしていたい。人のせいにも天候のせいにもせず、すべて自分で受け入れ、愚痴も言わない。そうやって自己責任で働けるところが農業のいいところだと思っています。それで僕たちの作ったお米が最終的に消費者の方の口に入り“おいしいね”と言ってもらえたらいいなと思うけれど、僕は結果も100%を求めない。その人の好みにあったお米が見つかったら、その人は幸せだと思うけどね。かといって、毎年そればっかり食べる必要もないと思うんだ。消費者の人には、いろんなお米を食べる楽しみがあると思うよ。“この前食べたコシヒカリがおいしかったから今度は違う産地のコシヒカリを食べてみようかな”とかね。僕はそうやって、何でも難しく考えないんだな。こだわりがないのが僕のこだわりだから」
森本さんはそう語ると、あっけらかんと笑った。森本さんが作るミルキークイーンは毎年数量限定で販売され、5ヶ月ほどで完売してしまうという。100%の結果は求めないというけれど、最終的にはお客さんに喜ばれ、ご本人は人生を楽しんでいる。なんと潔く、気持ちのいい生き方なんだろうと目から鱗が落ちる思いだった。
「“皆さんの健康を支えています”というぐらいの気持ちはあります」
こめたつのトップページには「ひのひかり」「森のくまさん」「あきげしき」などといった熊本のお米の名が並ぶ。北国のお米に親しんでいる人には、ほとんど馴染みのない名前かもしれない。ところがこめたつのオープン以来、そんな熊本のお米が少しずつシェアを伸ばし、2017年には楽天市場の「ショップ・オブ・ザ・イヤー2017 米・雑穀ジャンル賞」を獲得した。米の名産地が数あるなか、どうやって人気を集めてきたのだろう?「こめたつ」店長であり代表の奥様、そして一児の母でもある渕上芳巳さんにお話を伺った。
「熊本のお米は、粒がしっかりしていてコクと甘みがあるものが多いです。熊本のお米を知らない方にも、とにかく1度食べてみて!と思いますね。ただ、お米には人それぞれ好みがありますので、お客さんから問い合わせがあったら、まずはじめに普段どんなお米を食べられているかをお聞きします。その上で、その方が求める食味に合いそうなお米をご提案しています」
こめたつの運営方法やページのデザインなどは、渕上さんと芳巳さんの間で相談を重ね、アップデートを続けてきた。
「最初は何もわからない状態から始めて、少しずつノウハウを掴んでいきました。二人で“ああでもない、こうでもない”と言い合い、喧嘩をしながらページを作っています(笑)。でも、そのおかげでページのクオリティが上がってきたのかもしれません」
受注業務は、芳巳さんともう一人のスタッフが担っている。特に気を配っているのは、スピードと丁寧さ。お客さんの要望に素早く答え、小さなことでも一つひとつ丁寧にこなすようにしている。
「お客様からの問い合わせには、なるべく半日以内にお答えしています。早く届けてほしいという希望や、急なキャンセルにもできる限りご対応していますね 。当初と比べると注文数が増えたので、イレギュラーなお問い合わせに対応するのは大変ですが、お客さんの安心や信頼につながるのであれば、頑張ってお応えしていきたいと思っています」
パッケージや梱包にもこだわっている。米袋はリニューアルにリニューアルを重ね、現在は茶色いクラフト地に白一色のイラストを入れたデザイン に落ち着いた。
「普段あまりお米を食べない若い方や、子供たちにも受け入れていただけたらと思って、従来の米袋のデザインから可愛いらしいデザインに変えました。また、お米は届いた袋のまま 一般的な米袋には小さな空気穴が空いているため、お米を劣化させる原因となるカビ、虫、湿気、酸化、乾燥、匂い移りに弱い。そのため、こめたつでは密閉容器に移し、冷蔵庫の野菜室で保存することを推奨している。 常温で保存しておくと、虫がわいてしまうことがあるんです。そのため、私たちのサイトでは密閉容器に移して低温で保存することをお勧めしているのですが、夏場などはどうしても虫がわいたというクレームを受けることがありました。そこで脱気包装という包装方法を取り入れたところ、クレームの数が激減しました。酸素を抜き、脱酸素剤を入れて包装することによって、虫の発生や酸化を防げるんです。脱気包装はオプション料金をいただいているのですが、保存期間も伸びますし、この包装があるからうちで買うといってくださるお客さんもいます」
こういったさまざまな工夫やきめ細やかな対応が喜ばれ、また「熊本のお米のおいしさを伝えたい」という並々ならぬ熱意が伝わり、お客さんからの支持につながっていったのだろう。
「お米は日本の主食ですよね。農家さんも町のお米屋さんも減りつつありますが、お米の消費量が減ってしまっては困ります。子供たちにも、もっとお米を食べてほしい。もちろん野菜も大事ですけれど、お米さえあれば、大きく元気に育ってくれる。お米を通して“皆さんの健康を支えています”というぐらいの気持ちはあります。お米屋としてのプライドというんですかね。うちのお米を食べて“元気になったよ”と言っていただけたらうれしいです。お客さんを幸せにできるようなお米屋になれたらいいなと思っています」
自分たちが毎日食べているお米の良さを発信し、そのお米がどこかの誰かを幸せにする。なんてシンプルなことなんだろう。社屋の向こうに稲穂が青々と揺れているのが見えた。穂の中にはもう甘いお米が実っており、もうすぐ始まる稲刈りを待つばかりだ。秋になると、近隣の農家さんが軽トラで何度も往復し、お米を運んでくるという。またしばらくは忙しくなりそうだ。